一年ぶりに佐渡島に集結したPI TRIメンバー
「今年の佐渡は過ごしやすそうな気候だな」出発前、天気予報を見ながらそう思う。気温が上がると途端に過酷になるコースレイアウトのため、レースに挑む選手にとって気温は重要な要素だ。雨の東京を出発し、新潟港のフェリー乗り場で落ち合った前入り組が一堂に会すると、今年もこの一大イベントが始まるのだと胸が高鳴る。佐渡島に到着して間もなく受付と選手説明会を済ませ、夜はレースの激励を込めて佐渡市が開いてくれるウェルカムパーティーへ参加した。地産の食材を使った土地の名物である料理が振舞われ、出場する選手たちが盛り上がりを見せる。我々もその熱気に乗じて、来るレース当日に向け、士気を高めた。
宿泊先の宿で初日から宴会を楽しんだものの、翌朝は軽く身体を動かしたい。晴れ渡る青空と目の前に広がる日本海に誘われ、軽く5kmほど走る。佐渡入りするまでの仕事の疲れや移動で固まった身体が一気にクリアになり、宿で用意してくれている和朝食がすこぶる美味しい。
食事を終え、お腹が落ち着いたところでスイムコースとなる海岸へ試泳に行く。On Japanリレーチームのスイム担当は例年どおり駒田さん。スイムに対する安心感とT1まで誰よりも速くダッシュする持ち前のガッツがあるので、久しぶりの海の感触を確認する程度だろう。そしてもう一人On JapanからBタイプに出場する佐野選手。彼は過去に合計51.5kmのオリンピックディスタンスを一度完走しているが、ミドルのレースは初めて。この日の海はうねりと潮の流れがきつく、入っているだけで波酔いしそうなコンディション。スイムが一番の不安種目だという佐野選手に慣れてもらうために、PIアンバサダーの大西さんと北川さんが試泳エリアの一番奥のブイまで誘導する。試泳を済ませた後は、アミューズメント佐渡にてトライアスロン誌LUMINAによるOn Freindsの撮影会を行った。佐渡国際トライアスロンをOnのシューズで駆け抜ける同志たちの健闘を称え合い、さらに士気が高まる。
迎えたレース当日。「必ずゴールする」仲間との約束の地を目指して
穏やかな気候の中迎えたレース当日。それぞれの想いを胸に会場へと向かう。大会アナウンスや選手の声で早朝とは思えない賑わいを見せるレース会場はエネルギーに満ちており、選手たちからは緊張や高揚といった表情が伺える。PI TRIのメンバーは今年もパールイズミのエアトライスーツでレースに出場する。空や海など自然の色と調和する鮮やかなブルー。長いレースの道のりで同じウエアを着て頑張っている仲間のことを思うと、知らずと大きなエネルギーとなる。準備を終え、無事にゴールゲートへたどり着くことを誓い合い、スタートラインへ。フォーンが佐渡島の青空に響き渡り、長い旅が始まった。
先にスタートしたAタイプの選手たちが続々とバイクへ向う最中、Bタイプの選手たちがスタートする。海の状態は前日ほどではないものの、うねりや潮の流れが激しく、スイムが得意な選手でも苦戦を強いられた。自然の力に抗わず、丁寧に落ち着いて泳ぐのが一番ではあるが、選手同士のバトルは避けられない。うねりで進行方向のコントロールが効かず、何度もぶつかり時には重なり合いながら距離を泳ぐことは決して容易ではなかった。スイムが得意なOnリレーチームの駒田さんも、レスキューボードやブイにつかまって冷静さを取り戻し、呼吸を落ち着かせながら泳ぎ切り、無事バイクパートの鎌田さんへとタスキを繋いだ。
バイクパートは例年と比較して風が強く、向かい風区間が30km以上続く場面もあった。ミドル、ロングのレースはこのバイクパートが大きな鍵を握る。しっかりトレーニングを積んで挑んではいるが、強風かつ直射日光を浴びながらのバイクパートに関して「今年は辛かった」という声をたくさん耳にした。攻めながらもランパートに向けて脚力を温存するために”自分だけのギリギリのライン”で選手たちは長い距離のバイクをこなす。前進するにつれて上がる心拍数と削られていく脚力。しかし、バイクのスピードに合わせて移りゆく美しい海岸線や緑の豊かな香りがする山道に魅せられ、時に苦しさを忘れることができるから不思議である。さらに絶え間なく聞こえてくる地元住民の方やボランティアの皆さんの声援。同じコースを走っている全ての選手たちに平等に与えられる島の恩恵を一身に受けながらレースを楽しめるのだ。
PITRIにおいて、先にゴールを迎えるBタイプ、Rタイプ(リレー)の選手は清水さん、岩渕さん、佐野さん、吉川さん、On Japanリレーチームの合計7名(北川さんは脚の怪我を考慮してバイクパートで終了)。そのうち真っ先にゴールゲートにやってきたのは、今年表彰台を狙っていたOn Japanチームのラン担当で今年も快走を見せた青野さん。駒田さん、鎌田さんからタスキを繋げ、満面の笑みで同伴ゴールをする。結果は総合6位と目標には届かなかったが、レースをやり切った爽快感で溢れている。On Japanチームに続き、岩渕さん、吉川さん、清水さん、佐野さんと無事にゴールを果たした。岩渕さんは愛娘と同伴ゴールするも、いつもと違うパパの気迫に戸惑いを隠せずお子さんが号泣してしまい、愛くるしいゴールシーンとなった。
吉川さんは久しぶりのミドルディスタンスにおいて、課題と悔しさを語り「今すぐにでも練習したい」と言わんばかりに来シーズンに目を向け燃えている。清水さんは痛めていた腰を労りながらも無事に帰還。「今年は本当に辛かった」と言いながらも仲間が迎え入れてくれたことに笑顔で喜んでいる。佐野さんはトライアスロン2戦目にして初のミドルディスタンス挑戦にも関わらず、トランジションさえも楽しみながらゆっくりと時間をかけてゴールしてくれた。
仕事やプライベートにおいて変化があると、一年後の同じレースに挑戦するとなっても準備の質が異なる。それぞれ胸に抱く心境は違えど、仲間が待ってくれているゴールゲートにたどり着き、声援を浴びながらゴールゲートをくぐる姿は美しく、その笑顔は安堵と達成感に溢れていた。
先にゴールしたBタイプの選手はAタイプで頑張っている大西さん、棟(とう)さん、及川さん、廣瀬さん、下條さんのランパートの応援をすることができる。昨年のDNFの悔しさを果たしたい大西さんが快調にピッチを刻んでいるのを目にし、声援を飛ばしながら安心する仲間たち。
夕方になり、暮れてゆく佐渡島は水平線に真っ赤な夕日が落ちていく。薄暗くなった会場に大西さんが入ってくる。迎える清水さんやOn Japanチーム。その声援を受けてこれ以上にない笑みを浮かべながら、長い旅から戻り最高の瞬間を迎えた大西さん。昨年のDNFを克服し、自分に勝利した満足感で溢れている。
そして、棟(とう)さんも初めてのAタイプチャレンジを見事に達成。普段ポーカーフェイスな棟さんだが、歓喜の感情を全面に出してゴールゲートに帰ってきてくれた。応援する仲間もその表情とスポットライトを煌々と受けたその姿に、思わず涙腺が緩む。その感動とは裏腹に、及川さんはまたしてもハイレベルなゴールシーンを演出し、仲間たちを爆笑の渦に巻き込んでくれた。過去2回もアニメオタクよろしく、何かしらのポーズをキメてくれていたが、今年のインパクトは過去最強だった。惜しくもランニングパートで関門に引っかかりDNFとなってしまった下條さんも、悔しいながらも笑顔でレースの状況を語ってくれる。彼はこの悔しさをバネに筋トレを頑張ると、レース後でも周囲を笑わせてくれる、常に余裕ある優しい人だ。
すっかり日も暮れ、廣瀬さんのゴールを待つPITRIメンバー。すでに3回目となった我々のゴールシーンは、全員で同じトライスーツを着用し、誰かがセルフィーで動画を撮りながら同伴ゴールをするというもの。トラッカーでゴールゲートに入ってくるタイミングを見計らい、鎌田さんがランコースまで廣瀬さんを迎えに行ってくれる。その間、セルフィー動画担当の佐野さんが駒田さんからカメラアングルの指導を受けている。そしてついにゴール会場に現れた廣瀬さん。合計237kmもの距離を半日かけてこなした選手は、一目見てその頑張りや苦しさ、辛さが見て取れる。廣瀬さんにはその中にも優しさを含んだ穏やかな表情で我々の迎えを受け入れ、たくさんの仲間に囲まれながらゆっくりと歩きながらゴールゲートへ進んでいった。
タフなレースを終えた選手たち。
今日この日のレースのことを思うと、穏やかでいられない日もあっただろう。気負いがプレッシャーとなって自分を苦しめる日は、過去を捨てて新しい自分になるために、穏やかさを取り戻すことに意識を集中しただろう。長い旅の道のりで幾度となく自分を助けてくれたプライドや粘り、しぶとさは、”楽しさ”という最高のギフトに変化し、自分に返ってきた。
「挑戦は今年で終わり」と思っていても、ゴールをすれば次に向けての「何か」が出てくる。それを仲間同士で共有し合いながら、佐渡島への感謝を胸に帰路へついた。
きっとまた来年も戻ってくるという誓いを胸に。