よし、準備万端!
ガーミンをチェックした。午前5時5分。5分遅刻だ。いつも5分遅刻する。急がないと。
大冒険の土曜日が始まる。東京から長野県茅野市まで、ほぼ国道299号線沿いの旅。200kmを超える走行と約4,000mの上り道。5つの山道を超えることになる。それも1つごとに高くなる。次の日も盛りだくさんだ。風光明媚なビーナスライン経由で茅野市から松本市へ。日曜日に走る距離は110kmとそう長くはないが、約3,000mの上りを含むでこぼこ道だ。
いざマイクロ・バケーションへ
友人のドムと僕はずっと週末の小旅行の話をしてきた。二人とも日頃は東京で仕事に忙殺されているため、たった数日でも日々のルーチンから抜け出したかったのだ。去年の夏は、共通の友人と2日間のバイクパッキング旅行に出掛け、峠や砂利道を超えて、静岡県の南アルプスの奥深くまで旅をした。僕たちは天の川の下に張ったテントで、近くの滝の音を子守唄に眠った。この旅は、僕たちの友情やサイクリング愛を深める素晴らしい旅となった。
そしてまた、大きな旅をする時だ。2日間の週末のアドベンチャーはクタクタになると同時にヤル気も出て、月曜日には仕事に戻ることができる。これを私は「マイクロ・バケーション」と呼んでいる。
今回はグラベルバイクではなく、ロードバイクで行ってみることにした。その心は、シンプルに、ということだ。装備は最小限。寝泊りはホテルだからテントや寝袋もいらない。それに2日間とも同じウェア、今回はパールイズミのVISIONを着ることにした。スマートで軽量で快適、それこそまさに僕たちの今回のマイクロ・バケーションに必要としていたサイクルウェアだった。そして「すごく格好良く見える」というたった1つのシンプルな理由から、僕たちはお揃いのブラックのウェアを着ることにした。その他に持って行くウェアは、同じパールイズミの軽量のウィンドブレーカーだけ。これは小さく丸めてジャージのポケットに入れて携帯でき、必要になるまで存在を忘れてしまうほどだった。5月中旬だから、高い山、特に下りはきっとまだ肌寒いだろう。
DAY1:東京から茅野へ
僕はそっと玄関の鍵を開けて、家族を起こさないよう静かに外へ出た。ガーミンのスタートボタンを押し、クリートをペダルにあてた。朝の静けさの中、「カチッ」という音が大きく響いた。そして友人ドムとの待ち合わせ場所へと向かった。
僕の足取りは軽く、空も青かった。ハードな1日には幸先の良いスタートだ。午前5時半、多摩川沿いの待ち合わせ場所で落ち合った後、山の方へと自転車を向けた。拳を突きあわせ、大きな笑顔で旅をスタートさせた。
レンガのように重い手作りのエナジーバーやその他もろもろの食糧を「なぜそんなにたくさん詰め込んだのか」。コンビニへの立ち寄りを最小限に留めようと決めたからだ。もう1つのルールは、休憩は最長で10分まで。勢いを保ち、長時間の休憩で足が重くなるのを防ぐためだ。
一つずつ峠を越えて行った。大沢、山伏、そして心地よい秩父への下り道。埼玉県と群馬県の県境にある志賀坂峠。
僕たちは楽過ぎずハード過ぎもしない、一定のペースを保った。自分たちの限界内で走ることで、日本の素晴らしい春の風景を楽しめたし、民家の庭にあるきれいに保存された江戸時代の蔵や、郊外の物置に停められたビンテージのポルシェ、山腹の木々から突き出たゴツゴツとした岸壁、小川の岸辺を彩る野花など、ともすれば見過ごしてしまいそうな小さな風景にも気付くことができた。
僕らは歌った。仕事や家族、サイクリングについて語り、ひどいジョークを飛ばし合った。友情は距離を追うごとに深まっていった。国道299号線は交通量の多いハイウェイから、車など走っていない道幅の狭い田舎道へと変わり、群馬県と長野県の県境にある1,351mの十石峠の頂上に差し掛かろうとしていた。長い上り道だった。僕らは疲れが溜まるにつれて無口になっていった。
長野県へと続く下り道は凍えるほど寒く、体をすっぽり覆ってくれる長袖のウィンドブレーカーの存在はありがたかった。ジレだったら悲惨なことになっていただろう。
数キロ進み、やがて佐久穂町へと続く長く緩やかな下り道に入ると、追い風によって時速60kmを超え、僕たちは喜びと興奮で雄叫びを上げた。そしてその日一番の難所、麦草峠に挑む前に、今日3回目となる最後のコンビニ休憩を取ることにした。26kmにも及ぶ長い上り道は、魅惑的な八ヶ岳連峰へとうねりを続け、最高地点は2,127mに達する。
とにかく体がコーヒーを欲していた。
「上へ、上へ、上へ」。スキーリゾートエリアを通り過ぎる。高く、そしてもっと高く。標高を示す印を通り過ぎるごとに、下に広がる谷の眺めはより壮大なものへと変わっていった。1,600m、1,700m、1,800m。路肩のそこかしこにはまだ雪が積もっていた。なぜこんなにたくさんのエナジーバーを持って来たのだろう?しかも甘いものばかり。バイクは重く感じられ、ペダルを漕ぐ足取りも重くなっていった。僕の後ろのギアには27しか歯がないのか?もっと欲しかった。ドムの後ろのギアには32の歯があり、軽々と漕いでいるように見えた。エナジーバーで胃がもたれる。頂上に辿り着けるだろうか?僕はすっかり麦草峠にやられていた。
道にかかる青い標識が見えた。
麦草峠 標高2,127m
「ついに来た」。そこからは下る一方だ。あとたった25kmだ。記念に何枚か写真を撮った後、ウィンドブレーカーを羽織って、茅野に続く曲がりくねった道を下り始めた。峠を下り切るまで僕らは寒さで震えていたのか、強い横風で揺れていたのかわからなかった。おそらく両方だったのだろう。
ホテルへとチェックインすると、畳の部屋へ直行し、近所のローソンで買ったカップラーメンとポテトチップス、そしてビール(ドムはノンアルコールビール)で乾杯した。もうヘルシーな食事などどうでも良くなっていた。ただカロリーや塩分を摂ってほろ酔い気分を味わいたかった。シャワーを浴びてウェアを洗うと、2人とも浴衣に着替え、脚を温かいこたつの中に押し込んで畳の上に倒れ込んだ。
「やったぞ」。僕のガーミンは走行距離218km、上り3,896mを示していた。横浜からスタートしたドムはさらに上を行く、走行距離237km、上り4,119mだ。
僕らは疲れていたが、気分は高ぶっていた。そろそろご褒美タイムだ、ぐっすり眠ろう。
<後編につづく>