ランニングシューズ市場でのポジション

現在日本では¥2,980といった安いものから¥20,000を超える高価なものも全て含めると、約400万足ほどのランニングシューズが日本で売れていると駒田氏は推測する。うち約30%が¥10,000を超えるプレミアムシューズとされるカテゴリーだ。Onシューズは¥12,800以上のシューズのみを取り扱うため、その中でどれくらいのシェアを誇るかがこれからの勝負となる。

当然のことながら、どのシューズを選ぶかはエンドユーザーだ。On(オン)は他のブランドを引き摺り下ろしてまで自社ブランドを売るようなことはしない。他のブランドのシューズを履いて楽しいランニングライフが送れているのであれば、それでいい。販売イベントでも大きな声を張り上げて客寄せするような行為もしない。少しでも魅力を感じて興味を持っていただいたエンドユーザーに、精一杯の接客をする。そのやり方は設立当初から変わらない信念のようなものである。

他ブランドと戦うというよりは、プレミアムシューズの利用者が拡がることを望んでいる。その分かりやすい施策の一つがペースやタイムでシューズをカテゴライズしてないことだ。他ブランドでは、シューズによってフルマラソンを◯時間で走る人、1kmを◯ペースで走る人といった風な基準が設けられていることが多い。

売る側からするとカスタマーニーズを把握しやすい数値化された基準となることには違いないが、Onは違う売り方をしている。タイムや順位といったものにこだわるというよりは「好きなシューズを履いてランニングを楽しむ」といったシューズをライフスタイルに根付かせる根本的なアプローチを取っている。フルマラソンに履いてもいい、トライアスロンのスピードレースに履いてもいい、普段のビジネスシーンや休日の旅行に使ってもらって多いに結構なのだ。いろんなシーンでOnがあること。それが理想だった。

3人の会話

しかし、売るのはOn Japanのメンバーだけではない。分かりやすい指標があるランニングシューズを売り続けてきた販売代理店の販売員の人たちも売るのだ。当初、クラウドというシリーズが全く売れず、駒田氏は自分に営業力がないのではないかと考えることさえあった。「これは1km何分で走る人用ですか?」と聞かれると「何でも対応できます」と答える。「ではこれはスニーカーですか?」と聞かれれば「スニーカーでもいけるし、走れもします」と答える。

そんなシューズは今までになく、お店に置こうにもどの棚に置けばいいのかさえわからない。型にはめようとしてもその型がないのだ。しかし、お店に置いてさえもらえればそのシューズの魅力をカスタマーが理解してくれて、今一番売れているのがこのクラウドシリーズだという。どんなシーンでもどんなペースでも履ける、楽しくも走れればシリアスにも対応する。ニーズがなかったのではなく、市場がそういうシューズを待っていたのだと、発売してみて初めて理解した。

他のブランドがやっていないことをやってみる。新作が出たからといって旧モデルの値引きはしない。これまでの業界のやり方とは違った方法が、今のOn Japanが好調である理由の一つなのではないかと駒田氏は語る。これがOn Japanの社訓のひとつである”Be Different”だ。

On Japanの成長

2016年、On Japanは急成長した。日本に上陸してからの3年間の種蒔きが一気に身を結んだとメンバー全員が感じている。商社時代、これまでにないランニングシューズを市場に根付かせ成功の兆しを見せるのが2016年だろうと読んでいたものが予定通りになった。

販売店舗数の増加はもちろんだが、口コミの効果の勢いが止まらない。ランニング、トレイルラン、トライアスロンを楽しんでいる人たちの間で、SNS上でOnのシューズを見ない日がないのではないだろうかと思うほど、たくさんの人がその魅力を試したいと感じていた。

3人の会話

そして2017年の東京マラソンエキスポでは、On史上最高価格のクラウドフラッシュというシューズが飛ぶように売れる。このクラウドフラッシュはイスポという世界最大のスポーツ系展示会において、あらゆるウエアや器具、シューズと言ったスポーツプロダクトの中で最も優れた製品だという賞までも受賞していた。

東京マラソンエキスポは、このクラウドフラッシュの世界先行発売の場。Onでは発売前の製品の情報を一切流さない。発売日が情報解禁の日なのだ。さらに、本来であれば全世界同時発売をするのが基本だが、世界的に見ても日本人はスピード系のシューズが好きだという認識があった。そんな日本人のために、スピードシューズでありながらOnならではのクッション性も兼ね備えているという新しいものを、日本で一番最初に提案してみようというマーケティングが功を奏した。

ランナー達がその事実をどこで知ったかというと、駒田氏のSNSである。日本先行発売が決まってから間もなくエキスポを迎えたことから、世界的な賞を受賞したシューズがそのエキスポで発売されるという事実がメディアに載る暇さえなかった。Onが好きな人、駒田氏を好きなファンたちが、どんどんシェアをし、わざわざ地方から東京マラソンエキスポの場に買い求めに来てくれたエンドユーザーもいたほどだった。

「¥15,000を超えるシューズは売れないからそもそも棚にさえ置かない」と、これまで販売店から言われ続けてきた。高いシューズだから売れないのではない。¥20,000のシューズが飛ぶように売れていくその様を、バイヤーや取扱店の方々にエキスポで見ていただけるという良き機会。ブランドストーリーを伝え、試履きで良さを実感してもらい、デザイン性の高さに酔いしれていただく。

このエキスポでの最初のお客様は「クラウドフラッシュを欲しい」とすでに購入を決めてくれていた。あとは、履き潰すことを想定してストック分を何足買うかという話だ。結局3足購入してくれた。このエキスポの最中は見込みよりも大幅な足数が売れ、何度も在庫を補充したという。昔の市場の常識に囚われず、丁寧に接客して魅力を感じてもらえれば売れるということを証明できた。そして全社的に見ても過去最高の売上げを記録。きっと東京マラソンエキスポに来場したカスタマーたちはこのサプライズにワクワクしたに違いない。そういった驚きと喜びを常に提供し続けるのがOnである。

その後スイス出張に出向いた駒田氏は、東京マラソンエキスポで大成功した秘訣を全社でプレゼンしてほしいと依頼される。これまでは本国のスイスに行くと学んで帰ってくることしかなかった駒田氏だったが、On Japanの注目度と期待値がどんどん上がっていることを身を持って実感できた瞬間だった。

思い返せば、On Japan設立にあたりキャスパー氏と掲げた「Big in Japan project」は本国の皮肉だった(Vol.1参照)。Big in Japanとは、過去日本だけで売れていたMr.Bigやジョン・ボン・ジョヴィといったアーティストを指す言葉だ。それをプロジェクト名にしたキャスパー氏の真意は、Onはまだ日本において名もないブランドに等しいが、いつか誰しもが知るブランドに成長させたいという気持ちがあった。しかし当初は単純にジョークに近いノリ。

それが今となってはジョークではなくなったということを、本国メンバー全員が理解することになる。もはや新参ブランドではなくなり、誰も知らないブランドではない。これからさらに大きくなる。そう実感している駒田氏は、もっともっとこの楽しさを広めたいと語る。

アパレルラインの取り扱い

2016年7月に、Onアパレルの取り扱いをスタートした。ランニングをする際に着用するウェアである。On Japanの社員がことあるごとに制服のごとく着用していたアパレルライン。それを見たエンドユーザーから販売の熱望の声が後を絶たなかったが、当初は非売品のため販売はできないと断るしかなかった。

駒田氏はスイスに掛け合った。こんなにリクエストがあるのに、なぜアパレルを販売しないのか。本国は「せっかく作るのであれば最高のものを作りたい。Onはプレミアムランニングシューズブランドというふうに市場に認識されているのに、中途半端なウエアは世に出せない。本当に良いものが作れたその時まで待ってくれ」という回答だった。ウエアの販売をリクエストし続けて約3年後、On社員もエンドユーザーも唸る素晴らしいアパレルラインが完成した。プレミアムランニングシューズブランドが出すアパレルラインは、もちろん極上のウエアだ。価格も他のランニングウエアと比較すると圧倒的に高い。

ジャケットが¥24,000、ランニングパンツは¥17,000。しかし、価格だけでは決めない、価格以上の価値を感じれば購入をするといった購買行動をするエンドユーザーがすでにOnにはついている。ファンであれば、頭の先から足の先までOnで身を包みたいと思うであろう。実際にこの高価なウエアをセットアップで購入するエンドユーザーが数多くいたのだ。これでシューズまで購入すれば、客単価は一体いくらになるのだろうか。これまでのランニング市場にはない現象がOnでは起きている。

その秘訣は、目先の売上げに焦燥感を感じることなく、とにかく良いものだけを提供し続けること。接客も含めだ。遠回りなようでいて、実は近道でだったのではないかと駒田氏は振り返る。

誰がどんなものを欲しているのか、顔が見えて理解できていることも大きな要素だろう。イベントやSNS上で何千人と繋がっているが、どんな嗜好性を持っていて、どんなカラーのシューズを買ったのかをOn Japanの社員たちはしっかり覚えている。「ブルーのクラウドフローに合わせて、ブルーのコンフォートTシャツをお買い上げくださいましたよね」という会話から始まり、次の提案がしやすくなるのだ。そして新作が出れば、どの人がこの新作を購入するのかということさえも安易に想像がつくという。だから、何か商品を紹介したい時、駒田氏はその人たちの顔を思い浮かべながらその人たちに魅力的に映るようにBLOGを書く。

今後の展望

Onの社訓の一つに”Deliver Wow”というものがある。日本語にすると”楽しさを伴う驚きを伝えたい”というところだ。今の売上げはかつてのOnから見ると35倍まで伸び、好調だといえるだろう。しかし、もう一つの社訓である”Good is Not Good Enough”のとおり、現状に甘んじることなくより良い物を提供し、より良い状態を創り出したい。Betterでは意味がない。そのためにはもっと店舗数が必要であり、駒田氏のいう「楽しさを広めたい」という結果が販売足数に直結する。

楽しさとは決して駒田氏にとって楽なことなわけではない。楽しいのと楽なのは別なのだ。楽しい目標を達成する過程には苦しさが伴うのは当たり前のこと。心を燃やして努力したことで得られる特別な充足感や楽しさは、苦しさを乗り越えることも含まれている。簡単には得られないかもしれないが、大きな目標を達成できた時の喜びや楽しさをOn Japanチーム全員とその楽しさを共有することで売上げを伸ばしていきたいと駒田氏は語る。

3人の会話

志を同じくする仲間の存在がいることの心強さは計り知れず、とても大切なのだ。アスリート的な思考かもしれないが、そうやって常に楽しさを追求し続けているOnというブランドは、言葉多く語らずして、それぞれのメンバーは駒田氏の意思を経験や思考に基づいてうまく咀嚼し、自主的に動いている。企業の一歯車で、何もしなくても仕事が回っていくという退屈な時間はOnにはない。販売店からのイベント開催やディスプレイデザインの考案など、とにかく要望が後を絶たないため既存メンバーではカバーしきれないほどになっているため、今年はさらに人員拡大を考えている。

最後に、4つのOnの社訓を今一度あげてみる。”Be Different”, “Deliver Wow”, “Good is Not Good Enough”, “Start a Finish As a Team”。この信念に基づいてOn Japanはこれからどんな快進撃を見せるのか。ランニングシーンだけでなく、ウォーキングやスニーカーとして活用できる懐の深いブランド。シーンや用途を問わず、いろんな人に履いてもらい「みんなのOn」になること。Onを通じてより多くの人がより「楽しい!」と感じられる未来はそう遠くはない。